野口歯科医院

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メリークリスマス!有名なクリスマスソング、ナット・キング・コールの「The first noel」をHPの記事で紹介しております。今年のクリスマスは、ジャズを聴きながら過ごしてみてはいかがでしょうか。
24/12/2024

メリークリスマス!

有名なクリスマスソング、
ナット・キング・コールの「The first noel」を
HPの記事で紹介しております。

今年のクリスマスは、
ジャズを聴きながら過ごしてみてはいかがでしょうか。

12月25日はクリスマスです。クリスマスといえば何を思い出しますか? 私の場合は『トムとジェリーのクリスマス・…

今月は、50年代のダイアナ・クラールと称されるジェリ・サザンです。� 1926年8月5日ネブラスカ州ロイヤル生まれ、幼少時よりクラシックのピアニストとしてそれなりのキャリアを積み、彼女の声は元来ソプラノで、ジャズには向かないとの考えから、こ...
07/11/2024

今月は、50年代のダイアナ・クラールと称されるジェリ・サザンです。
� 1926年8月5日ネブラスカ州ロイヤル生まれ、幼少時よりクラシックのピアニストとしてそれなりのキャリアを積み、彼女の声は元来ソプラノで、ジャズには向かないとの考えから、このようなハスキーな声を作ったそうです。50年代に入ってピアノの弾き語りで活躍、「YOU BETTER GO NOW」(1951〜55年,DECCA)、(PRELUDE TO A KISS)(1957年,DECCA)、「THE SOUTHERN STYLE 」(195年,DECCA)は、トリオの演奏です。また、STAN・GETZとの共演で知られるギターのJohnny Smithとの共演盤、「Jeri Southern Meets Johnny Smith」(1958年,Roullette)何とも言いようがない不思議な大人のムードで聞き込むと味出てくると言う感じです。活動期間は短く引退してピアノの教師をしていた様です。

今月は、ハードバップピアノのソニー・クラークです。リーダー及びサイドメンとしても約70作品に参加、主にブルーノートに多くの作品を発表しています。4歳でピアノを始め、高校時代には、ヴィブラフォンも演奏していました。1951年西海岸を拠点に音楽...
01/10/2024

今月は、ハードバップピアノのソニー・クラークです。
リーダー及びサイドメンとしても約70作品に参加、主にブルーノートに多くの作品を発表しています。
4歳でピアノを始め、高校時代には、ヴィブラフォンも演奏していました。1951年西海岸を拠点に音楽活動を開始する。1954年、ビリー・ホリデイのと共演。53年から56年までクラリネット奏者、バディ・デフランコやハワード・ラムゼイのバンドで活動、彼が知られるようになったのは57年以降ブルーノートを中心に、多くの作品を発表するようになってからです。いわゆる「1500番台」のシリーズから、何枚かのリーダー・アルバムを発表。代表作として挙げられるのは、『クール・ストラッティン』(1958年)当時とりわけ日本で人気が高く、ジャズ喫茶で頻繁に流されたようです。しかし、本国アメリカではヒットに結びつかず、ブルーノートの創設者アルフレッド・ライオンは、日本から本作の注文が殺到したことを不思議に思ったと言う逸話も残っています。あくまでシングル・トーンを中心にしたアドリブは、ファンキーな感覚が盛り込まれ、きわめて明快で親しみ易い。『ダイヤル・S・フォー・ソニー』『ソニー・クルブ』『リーピン&ローピン』等はハードバップの快作、また彼はサイドメンとしても重宝され、リー・モーガンの『キャンディ』やデクスター・ゴードン『ゴー!』等、多数のアルバムに参加しました。立派な自己主張も見せています。
1963年1月13日、ヘロインの過剰摂取により31歳で亡くなりました。没後も日本での人気は高いです。夭折した才能あるピアニストとして、これからも色あせることなく聴き継がれるだろうと思います。

タイム誌の表紙デザインです。約80年前のアナログですが、クリアな音は現在でも充分鑑賞出来ます。10インチ盤の魅力です。
15/04/2024

タイム誌の表紙デザインです。
約80年前のアナログですが、クリアな音は現在でも充分鑑賞出来ます。10インチ盤の魅力です。

今月は、レコードジャケット・アートで有名なデヴィッド・ストーン・マーチンです。今年2月下記が刊行された。https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163918099少しばかり触圧されたのもあり手持ちの...
15/04/2024

今月は、レコードジャケット・アートで有名なデヴィッド・ストーン・マーチンです。

今年2月下記が刊行された。
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163918099

少しばかり触圧されたのもあり手持ちの10インチ盤です。
彼のジャケットに興味を持ち始めたのは、約15年ほど前になります。ジョニー・ホッジス(as)のレコードを物色している中で彼のデザインに興味を持ちました。
1940〜50年代、アメリカで全盛を迎えた音楽が、モダン・ジャズでした。そしてレコードはSP盤からビニール盤へと移り、ジャケット・アート全盛の時代となります。ここでジャケット・アートの花形となったのが、デヴィッド・ストーン・マーチンでした。
社会派画家のベン・シャーンから影響を受けたデヴィッド・ストーン・マーチンのペン画は、スケッチがそのまま完成形となるイラスト様のものでした。それは20世紀絵画の課題にも見事に取り組む正統派のものとなって行きました。19世紀になり急速に広まった写真は、絵画に「実際にあるものを写実するだけでは写真に敵わない」という条件を与えました。実際に目に見えないものを描き出す絵画も、「写真では出来ないが絵画なら出来る」手法です。
マーチンのイラストは、特徴をフォーカスしてデフォルメする、インクという素材を活かす、時間を持たない平面画の中で運動を表現する…何らかの点で、常に写真には出来ない事を実現していました。そしてそれは、20世紀に進化したアメリカ文化の特徴である費用対効果をも満たすものでもありました。

Verve レコードのオーナー「ノーマン・グランツ」と関わり創世記のアート・ディレクターとして活躍。彼は当時出現した新しい長時間録音可能な 10 インチ(25cm)LPでその才能を発揮した。

 1960 年代以降は、『タイム』誌の表紙のイラストレーターの一人として活動。
DSM の描いた表紙には「ジョージ・ウォレス」「毛沢東」「ホー・チ・ミン」「毛沢東の妻(江青女史)」などがあります。

今月は、アン・バートン(1933 - 1989 )オランダを代表する女性ジャズ・ヴォーカリストです。アン・バートン(本名 ジョアナ・ラファロヴィッチ)は、1933年3月4日アムステルダム生まれで、1955年にプロに転向しています。ビリー・ホ...
19/01/2021

今月は、アン・バートン(1933 - 1989 )オランダを代表する女性ジャズ・ヴォーカリストです。
アン・バートン(本名 ジョアナ・ラファロヴィッチ)は、1933年3月4日アムステルダム生まれで、1955年にプロに転向しています。ビリー・ホリディの歌に影響を受けたと語っています。
歌う曲は彼女自身の考えから、スローなものが多いように感じますが、どのアルバムでも一言一言をかみしめるように感情を込めて歌詞と情緒を大切に歌っている様に思います。
彼女の作品で最初に聞いたのが、2枚目のアルバム『BALLADS & BURTON』(1969年作品)いずれもスローでじっくり聴かせるものばかりなので、これらの歌のいずれからも暖かさと心地よさが伝わってきます。最初のアルバムと同じコンセプトを持った内容で、ピアノ・トリオのメンバーは全て同じです。少し変化をもたらせようと考えたのでしょうか、サックスだけがアルトからテナーに変わっています。“TRYLITTLETENDERNESS”やビリー・ホリディも歌っている“THAT OLE DEVIL CALLED LOVE”は素晴らしいと思います。何より1番目のアルバム『BLUE BURTON』(1967作品)オランダのグラミー賞といわれる1968年度の「エジソン賞」受賞作品です。”ビリーの名唱の”I CAN’T GIVE YOU ANYTHING BUT LOVE“や”YOU’VE CHANGED“、ガーシュイン“BUT NOT FOR ME“など、あまりセンチメンタルにならずに聴かせてくれます。どちらかも非常に録音が良いです。そしてピアノのルイス・ヴァン・ダイク(pf)ですが、本当に端正なピアノ弾きで伴奏も上手く、自身のトリオ・アルバムも多く出しています。
40年の時を経て、上記の2枚に沿って2作品を出しています。『BALLADS IN BLUE』(2004年10月録音)『THE SUMMER KNOWS』(2007年4月録音)こりらも素晴らしい内容です。
 彼女は、選曲の感覚が素晴らしく古いスタンダードからザ・ビートルズをはじめとしてコンテンポラリーなポップ・ナンバーまで広い範囲から歌詞の良い彼女の歌に適したナンバーを捜してきて彼女自身のものとして歌ってしまいます。ある時のインタビューで、「私は、楽譜は読めません」という答えが出たようです。
『MISTY BURTON』(1973年)来日記念盤、レギュラーのケン・マッカーシー(pf)と稲葉国光(b)村上 寛(ds)のトリオでのライブ、なかなかの好演です。『BURTON FOR CERTAIN』(1977年 トリオ)ザ・イーグルズの”DESPERADO”やポール・ウィリアムスの”RAINY DAYS AND MONDAYS”そんな彼女らしい選曲。どの曲も初めから彼女のために書かれたナンバーの如く彼女流に消化して歌ってしまうところは見事という他ありません。
今年で亡くなって約30年余りとなりますが、歌詞を大事に情感豊かに歌い上げるバラードは、いつまでも心暖まるものです。

10月の待合室レコードギャラリー黒人女性ボーカルのロレツ・アレキサンドリアです。彼女は、「20世紀で最も才能があり、過小評価されているジャズシンガーの1人」と評されました。50~60年代の初期のアルバムでは、エラ、サラ、カーメンに肩を並べる...
19/10/2020

10月の待合室レコードギャラリー

黒人女性ボーカルのロレツ・アレキサンドリアです。

彼女は、「20世紀で最も才能があり、過小評価されているジャズシンガーの1人」と評されました。50~60年代の初期のアルバムでは、エラ、サラ、カーメンに肩を並べる程の実力の持ち主で、黒人歌手特有のアクの強さはなく、非常にセンシテイヴで、洗練された表現に特徴があります。アップ・テンポの曲も、ブルースも良いですが、特にバラードを唄った時の表現は独特のフィーリングを持っています。
彼女の歌唱を初めて聴いたのは、『The Great』(インパルス,1964年)ここでは珍しくウントン・ケリーが唄伴を務め、”My and Only Love”と”Over the Rainbow ”でした。レイ・クロフォードのギターも効果的に使われてナイーヴかつ洗練された表現力で大人の歌を聴かせています。”My and、、、“は、渋みのあるハスキーな歌声が深い余韻を残しこの曲の決定的名唱だと思います。
また、『More of the Great』(Impulse 1964年)“Butbeautiful”や”Engel Eyes”のバラードは最高です。
アーゴ時代では、”Deep Roots”(1962年)ハワード・マギー(tp)が参加しています。“Nature Boy”や”Softly as in a Morning Sunrise”での彼女の歌を巧みに盛り上げているのは印象的です。
 70年代後半にヴェテラン歌手の再認識の機運が高まったことから、第一線にカムバックし、日本でもトリオ・レコードとCBSソニーからそれぞれ1枚づつ発売されています
『Broadway To Hollywood』(トリオ1977年)Broadwayのヒット曲主題歌の選曲集です。共演ミュージシャンも素晴らしく、ブルー・ミッチェル(tp)アーニー・ワッツ(fl)フランク・ロッソリーノ(tb)ケニー・バレル(g)など彼女の歌唱を盛り上げています。
ソニー盤は、「ブラン・ニュー・スタンダード・ヴォーカル from New York シリーズ」(10人の女性歌手のアルバム)からの1枚です。『My and Only Love』(1986年)唄伴で定評のあるトミー・フラナガンが担当しています。こちらは「グレイト」から22年の時を経て更に円熟味を増した内容となっていて、歌い出しは無伴奏で感情豊かにじっくり歌い上げて行きます。
また、CBSソニー盤はデジタル録音では定評のあるデビット・ベイカーの手によるものです。
晩年は体調不良となり、最後は肝臓病による合併症を併発し、LAのガーデナ・メモリアル病院で71歳の生涯を閉じまた。   

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8月のレコードギャラリー(リー・コニッツ)今月は、追悼、クールジャズで独創的な即興演奏家リー・コニッツです。【コメント】『アルト・サックス奏者のリー・コニッツが、現地時間4月15日(水)にニューヨークの病院で亡くなった。92歳だった。彼の息...
12/09/2020

8月のレコードギャラリー(リー・コニッツ)

今月は、追悼、クールジャズで独創的な即興演奏家リー・コニッツです。

【コメント】
『アルト・サックス奏者のリー・コニッツが、現地時間4月15日(水)にニューヨークの病院で亡くなった。92歳だった。彼の息子ジョシュによると、死因は新型コロナウイルスによる肺炎だったという。』ニュースが入って来ました。
今から約20数年前、彼が70歳で日本に単独で来日した時にツァーに関わる機会となりました。有るライブで日本のメジャーなドラマーとのDuoでした。2部構成での企画でしたが、どうも相性が悪かったのか?1部で終了しました、耳にティシュで栓をして演奏を止めてしまいました。彼らしい即興演奏家としての拘りからなのか、何よりも、コニッツは即興演奏であるアドリブに全力投球した人でした、今も記憶に残っています。
 リー・コニッツは1927年にシカゴで生まれ、孤高のピアニストと言われるレニー・トリスターノの弟子からのスタートでした。トリスターノは1940年代に黒人のビ・バップに対抗して、非常に理詰めに考えられた“クール”な音楽を追求しました。ブルース・フィーリングと黒人的なグルーヴ感を除去すると、「トリスターノの音楽が出来上がる」とも言われました。
マイルス・デイヴィス・ノネットに加わり、『マイルス・デイヴィス/クールの誕生』(Capital)1949-1950年に録音、アルバムは1957年にリリースされた。同作のメンバーで“現存する最後のひとり”としても知られていました。
70年以上におよぶキャリアの中で、ビル・エヴァンス、マックス・ローチ、チャールズ・ミンガス、アート・ペッパー、チェット・ベイカーなど、数々の巨匠たちと演奏。その共演歴、ディスコグラフィーはそのままモダン・ジャズの歴史でもあります。
作品としては、HARVARD SQUARE(Storyville,1954年)レニー・トリスタ–ノ派のメンバー編成でスリリングが演奏が展開、INSIDE HI–FI”(ATLANTIC,1957年)”Real Lee(ATLANTIC,1957年)珍しくメロディアスな演奏で楽しめます。“with WARNE Marsh”(ATLANTIC)テナーとのバトル絶好調ですが、アンサンブルが今ひとつかみ合わない印象です。“Very Cool”(Verb 1957年)音のイマジネーションの豊富さ。ウィットに富んだ演奏を展開しています。”TRANQUILITY “(Verb1957年)も寛いだウォームな一種余裕のある演奏です。”Motion”(Verb1961年)「赤のコニッツ」。サックスによるワンホーン・トリオ。ロリンズがお得意としていた楽器編成ですが、ソニー・ダラス(b)エルヴィン・ジョーンズ(ds)テーマの提示がないので演奏が解かりづらくなることも確かですが、いきなりアドリブが始まり、そのまま終わってしまうじっくりと聴かないと曲名すら分かりづらい演奏です。
その後、ヨーロッパに活動を移しています。
“I ConcentrateonYou”(Steeplechace 1974年)レッド・ミッチェル(b)とのDuoですが、コール・ポーターの作品集でレッド・ミッチェルのピアノも愛嬌です。”Windows “(Steeplechace 1977年)ハル・ギャルパー(pf)とのDuo個性のぶつかり合いが面白いですね。
フランスでの録音、TOOT SWEET”(Owl 1982年)ミッチェル・ペトルチアーニ(pf)とのDuoふたりの緊張感の有る演奏は最高。
“Sweet & Lovely”(1996年 バドル・ホイール)Charlie Haden(b)とのDuo、日本プロデュースで話題になりました。
サイドメンとしての参加では、Kenny Wheeler(tp)”Angel Song”(ECM 1996年)Bill Frisell(g)Dave Holland(b)とアルバムではひたすら美しく、ドラムがないことでタイム感をなくし、全体のまったり感を聴く作品になっています。
“Brazilian Serenade”(VENUS 1996年)ボサノバ作品集ですが、彼の繊細な部分にまろやかさがプラスされ聴きやすいです。
“Alone Together”(BN 1996 年)Brad Mehldau(pf)Charlie Haden(b)のトリオ作品、今をときめくMehldau(pf)との共演、ゆっくりとした三位一体の内容です。ECMでの唯一のリーダー名義、”Lee Konitz Live at Birdland”(ECM)スローなテンポですが、名手達の演奏に脱帽です。
そして最近に至るまでアルバムを続々と出している。2015年1月13日の『チャーリー・ヘイデン追悼コンサート』では、ブラッド・メルドーとリー・コニッツによるブルースが演奏されました。
何よりも時代を超え、世代を超えて、素晴らしい音楽を届けてくれたリー・コニッツを見送りたいです、ありがとう。

7月のレコードギャラリー(ニーナ・シモン) ジャズの枠に収まらない表現力で世界を魅了した黒人女性シンガーニーナ・シモンです。 1933年生まれ、4歳からピアノを弾き始め、彼女の才能に惚れ込んだ周囲のバックアップを得ました。ジュリアード音楽院...
29/07/2020

7月のレコードギャラリー(ニーナ・シモン)

 ジャズの枠に収まらない表現力で世界を魅了した黒人女性シンガーニーナ・シモンです。

 1933年生まれ、4歳からピアノを弾き始め、彼女の才能に惚れ込んだ周囲のバックアップを得ました。ジュリアード音楽院でレッスンを受けながら、黒人であったために差別されを受けながらも、シモンはピアノの講師などで生計を立てようとしますが、生活は苦しかったようです。クラブでピアノの伴奏者として働いている時、そのクラブのオーナーに薦められ歌い始め、やがて名前をニーナと改め、尊敬するフランスの女優、シモーヌ・シニョレに因んで、ニーナ・シモンが誕生したのでした。その後BETHLEHEMレコードのプロデユーサーガス・ウィルディに認められ”First Recoding”(1957年)を発表「I Love You Porgy」がヒットしました。私自身もこのレコードを知ったときには廃盤で中古レコードを探したものでした。
歌手としてもですが、ピアニストとしても素晴らしく何より弾き語りの旨さには驚嘆します。彼女の特長は、ポップス、ソウルミュージック、R&Bを横断するとてつもないスケールでジャズと言う枠にとらわれない表現力が魅力です。
 その後COLPEXと契約、「禁断の果実」「ニューポートのニーナ・シモン」「シングス・エリントン」など10 枚の作品を発表、特にライブ盤での彼女のエキサイティングな歌や演奏での真価が発揮されています。特に60年代では黒人公民権運動にも参加するなど、女性解放時代の先駆者と言うべき歌い方に徹し、時代をリードし精力的な活動を見せました。フィリップスに移籍、その後RCAと契約、また自主レーベルなどスタンダードやオリジナルなどにこだわりはなく限りなくレパートリーの幅を広げて行きました。
1970年以降は、フランス、オランダ、南米やアフリカのリベリアを転々としました。
 当時の作品では、“Here Comes The Sun”(RCA1971年)を良く聴きます。ジョージ・ハリソンの楽曲、シナトラ「May Way」など心暖かく、ゆっくりと歌い上げています。
 1987年、シャネルが自社の代名詞的香水ブランド「No.5」のCMソングに採用したことをきっかけに、“My Baby Just Cares For Me”がヒット。
2000年を過ぎてからはフランスに居を構え、新たに活動を活発化させて行きますが、乳癌による闘病生活の末、2003年4月21日、フランスの自宅で70年の生涯を終えました。
 2015年『Nina Revisited... A Tribute to Nina Simone』世界最大手の映像配信サービス「Netflix」が制作したニーナのドキュメンタリー映像『ニーナ・シモン~魂の歌』と連動したプロジェクトから生まれた作品です。ローリン・ヒルが歌っています、黒人公民権運動に傾倒する事で、メインストリームの音楽シーンにおいて彼女は存在感を失っていく。黒人の、しかも女性のミュージシャンであるニーナの政治的なメッセージがある意味、アメリカ社会の現実として本作は大きな話題となりました。

http://www.noguchi-dc.com/html/info/66

10月のレコードギャラリー(キャロル・スローン) キャロル・スローンは1937年生まれでアメリカはロードアイランド州の出身。1951年ころから地元のクラブなどで歌い始め、この間に結婚離婚も経験したようです。ラリー・エルガートとの出会いは19...
30/10/2019

10月のレコードギャラリー(キャロル・スローン)

キャロル・スローンは1937年生まれでアメリカはロードアイランド州の出身。1951年ころから地元のクラブなどで歌い始め、この間に結婚離婚も経験したようです。ラリー・エルガートとの出会いは1958年で1960年まで行動をともにし退団後は秘書の仕事をしながら歌い続けます。当時の彼女にチャンスを与えたのがランバート、ヘンドリックス&ロスのジョン・ヘンドリックスでした。アニー・ロスの代役をキープする目的で彼女に超絶技巧を要するロスのパートを覚えさせたようです。この縁でオスカー・ピーターソンの前座に起用される幸運にも恵まれました。また1961年のニューポート・ジャズ・フェスティヴァル「ニュー・スターズ」のプログラムにも出演、「リトル・ガール・ブルー」を無伴奏で歌うという離れ業を演じました。当時の作品としては、『OUT OF THE BLUE』(1961年)『LIVE AT 30th STREET』(1962年)があります。彼女の特長は、歌詞やメロディを大事にした、上品で格調の高い歌が聴ける事です。
上記作品後は、長い間録音には恵まれずにいましたが、1977年にニューヨーク・ジャズ・カルテット(ローランド・ハナ以下のトリオ)『SOPHISTICATED LADY』(TRIO)中低音のニュアンス細かなハスキー・ヴォイスによる歌唱は絶品です。その後ColumbiaとRCA というアメリカを代表する2大レーベルから再発されました。
日本企画では『CAROL SLOANE LIVE with JOE PUMA 』ライブ盤(Baybrige,1982年)『A Night of Ballads』(Baybrige,1984年)DON ABNEY(of)とのDuoでのライブ盤ですが、当時、後者のライブに参加する事が出来た事もあり鮮明に記憶の中に残っています。彼女が敬愛するカーメン・マクレエを彷彿させます。「SOMEONE TO WATCH OVER ME」や「DANNY BOY」はベン・ウェブスターに捧げたとか、素晴らしいの一言。バラードでの肩肘張らず伸び伸びと優しく語りかける歌声は絶品。『BUT NOT FOR ME』(1986年CBS SONNY)トミー・フラナガントリオ+フランク・ウェス(fl・ts)ガーシュインの作品集、彼女50歳頃です、豪快でパワフルなイキのいいスキャット、ブルージーなスウィングする躍動感、熟成された包容力は最高です。またこれも日本企画ですが『THREE PEARLS』(東芝EMI)ノーマン・シモンズ(pf)トリオのバックですが、コントロールのきいた粋アドリブに魅力を感じます。
彼女は、80年代に日本での録音が多く、これがある意味逆輸入するカタチで本国でも脚光をあびる事となったようです。
スタンダード・ソングを聴く場合、原曲の美しさを一層際立たせてほしいと願うヴォーカル・ファンは多いと思う。さらに情趣も豊かに、とくるのだから歌手にとって生易しい注文ではありません。

http://www.noguchi-dc.com/html/info/63

9月のレコードギャラリー(バーニーケッセル) 今月は、モダンジャズを代表する白人ギタリストのひとりでチャーリー・クリスチャン直系のバーニーケッセルです。 1923年、アメリカ合衆国オクラホマ州出身。 父は靴職人で音楽とは無縁な環境だったが、...
15/09/2019

9月のレコードギャラリー(バーニーケッセル)

今月は、モダンジャズを代表する白人ギタリストのひとりでチャーリー・クリスチャン直系のバーニーケッセルです。
1923年、アメリカ合衆国オクラホマ州出身。
父は靴職人で音楽とは無縁な環境だったが、12歳の頃に新聞を売って貯めた1ドルでギターを購入し最初の3ヶ月だけレッスンを受けたようです。彼が習ったのは公式にはこの3ヶ月だけで、その後は独学だったとの事です。そしてチャーリー・クリスチャンのレコードを探して研究の日々を過ごしていました。
46年にはベニーグッドマンとの共演。47年にライオネル・ハンプトンの『STAR DUST 』(DECCA盤)これはバーニーどうこうじゃなく、ジャズの歴史に残る大名演、大名盤だと思います。ウィリー・スミスのテーマからチャーリー・シェイバーズ、スラム・スチュワート、そしてライオネル御大。まさに当時のオールスターズで豪華な雰囲気で、それなのに哀愁があり、こういう雰囲気は最近のジャズにはあまりないです。みんな音が最高に良くて、いい具合にふざけたりお客さんを笑わせてたり、彼はこのとき22、3歳です。同47年に「チャーリーパーカー」との共演を果たすこととなりました。51年にはオスカーピーターソンのバンドに大抜擢され、これで脚光を浴びその後、多数の歴史的ミュージシャンとの仕事をこなしました。ジャズギターリストとして人気があったケッセルはジャズ雑誌の「ダウンビート」「メトロノーム」「プレイボーイ」の楽器別人気部で56.57.58年の3年連続で1位を獲得。その後コンテンポラリーに多くの録音をしていますが、中でもレイ・ブラウン(b)シェリー・マン(ds)で結成された「THE POLL WINNERS」このバンドで合計5枚のアルバムを発表しました。3人のリラックスしてるようで、ものすごくスピーディーで最高。一曲一曲がジャズの中では短めに終わっているっていうのも彼の特徴の一つであると思いますし絶妙です。
『ON FIRE』(EVERET盤)、これはライブ盤なのですがまさに「ファイアー」って感じで熱い。すごいスピード感と猛烈な勢いで演奏しているのに、フレーズの一つ一つが歌い彼の独壇場です。特に<リカルド・ボサ・ノヴァ>良いですね。
『EASY LIKE 』(コンテンポラリー盤)名手バド・シャンク、バディ・コレットなどウエストコーストらしい好演です。
約40年程前学生の頃、有るライブハウスで稲葉国光(b)氏とのDuoを聴く機会がありました。今はリアルな映像は当たり前ですが、鮮明に演奏が脳裏に残っています。
歌伴では、ジュリー・ロンドンの『Julie is her name 』です。〈クライ ミー ア リバー〉彼は豪快なイメージもありますが、ここでは非常に繊細に感じます。彼の中でも最初のヒットです。そしてエラ・フィッツジェラルドの『The Duke Ellington Song Book』です。とくにデュオでやっている<ソリチュード>本当に素晴らしい。ソニー・ロリンズの『 Contenporary Leaders』です。<ハウ・ハイ・ザ・ムーン>良いですね。『I Remember Django』ステファン・グラッペリ(violin)との弦楽のみによるクインテットもよく聴きます。『Feeling Free』(コンテンポラリー盤)ボビー・ハッチャーソン(vib)エルヴィン・ジョーンズ(ds)共演、野心作です。
1992年に脳卒中で倒れてからは健康に恵まれず、2001年脳腫瘍が発覚するも手術が不可能な状態となり80歳の生涯を閉じました。

http://www.noguchi-dc.com/html/info/62

住所

北中振4丁目8-15友田ビル2F
Hirakata-shi, Osaka
573~0064

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